INTERVIEWインタビュー

端島の白衣の天使

元軍艦島島民インタビュー

親子4人でご来館いただいたのですが、

お父様、お母様、娘さんの3人が島民のかたでした。

 

私は、お母様にお話を伺いました。

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<ご来館日>

2016年3月19日

<お名前>

N様

<端島でのお仕事>

看護師

<端島に住んでいた時期は?>

生まれてから閉山(1974年)まで

<端島でのお住まいは?>

19号棟→20号棟→65号棟の7F

<端島とは貴方にとってどんな場所ですか?>

懐かしいところ

<端島が世界遺産になったことについて>

最初は、「炭鉱の島」と言われていたことが嫌だった

でも今はうれしい。

保全などしなくてもそのままの姿でもよい。

 

<楽しかったこと>

みんなやさしかったこと

<悲しかったこと>

思い出せない

<不便だったこと>

桟橋ができるまで、船の乗り降りが大変だった

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N様、なんと端島の病院で看護師として

働かれていたそうです!

端島の学校を卒業後、長崎の医師会にて試験を受け

合格後は端島の病院で働きはじめました。

看護師のお仕事で大変だったのは当直だそうです。

また、入院施設もあったため

入院患者さんと診察の患者さんのお世話は大変だったと

おっしゃっていました。

勤務は3シフト制。

 

Nさんは、おば様の歯医者を

手伝うため長崎市内へ引っ越し働いたそうですが

半年で端島へ戻ったとおっしゃっていました。

やはり端島がよかったから戻ったそうです。

 

また、端島の元労働組合書記長、多田さんをご存知で

先日も偶然お会いしたそうですよ。

でも、多田さんとは当時

お話はしたことなかったそうです。

お話をしたことなかったけれども

島の人だから、よく知っている知り合いという

感覚があったようです。

 

端島の人たちは信頼関係があり

家の鍵もかけたことはなかったと

教えてくださいました。

その信頼関係が、知り合い、身内のような感覚に

させたのかもしれませんね。

 

 

端島の病院に勤務されていたNさんの

本当に貴重なお話でした。

 

インタビュアー 桑岡