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長崎の記憶 〜平和記念日に考えたこと〜

軍艦島デジタルミュージアムブログ

みなさん、こんにちは。

軍艦島デジタルミュージアム楠田です。

 

長崎は、明日、72回目の8月9日を迎えます。

先日、8月6日は広島原爆の日でした。

私は、生まれも育ちもずっと長崎ですので、

この二つの日を忘れることはありません。

 

長崎市内には、

原爆の記憶が街のいたるところに残されています。

この70年の月日を経て、

とても少なくはなっていますが、

72年前の8月9日の記憶がこの街から消えることはないでしょう。

 

私は、被爆3世の世代です。

私の祖父は中学生の時、被爆しました。

幸い山陰になっていたので、命は助かりました。

祖父に、原爆の話をたずねたのは、

私が小学校3年生くらいの時です。

夏休みの課題で、平和記念日について調べてみましょう。

という課題がありました。

自分の祖父が、被爆者であることは知っていましたから、

すぐに祖父に聞きました。

私の自由研究や、キャンプ、魚釣りなど、

私のお願いごとを断ったことのない祖父がはじめて、

『そいは、できん。もう忘れてしもうた。』

と口を閉ざしました。

それ以上なにも聞けない空気で、

幼い私にでも、その記憶の辛さが伝わりました。

 

祖父が被爆の体験談を詳しく話してくれるようになったのは、

祖父が70歳を過ぎたころでした。

私の感覚では、そのころ、

被爆60周年をすぎ

たくさんの被爆者の方がその体験を話してくださるようになった気がします。

 

原爆の被害は、ここで書くまでもありませんね。

本当に、人間が人間にしたこととは思えない

恐ろしいことです。

戦争は、人間が人間で無くなってしまいます。

 

今、軍艦島をめぐって、

島にある悲しい記憶に、

日韓両国は揺れています。

 

映画『軍艦島』が公開され、

幅広い世代にも、その波紋を広げています。

 

歴史的事実をはっきりと調査することも、

もちろん大切です。

それは、未来のために、

二度と繰り返さないために。

 

国籍は関係なく、

犠牲者のご遺族からすれば

自分たちの親類が

端島で命をおとしたことは、とても悲しい事実です。

 

私にとっても、

すべての被爆者の遺族にとっても、

8月9日の記憶が悲しいものであり続けるように、

その悲しみは、消してはいけない事実です。

 

でも、

本当に大切なことは、

その悲しみを、自分の子供達に経験させないこと

だと私は思います。

 

私は、

私の祖父達の上に、

原子爆弾を落としたパイロットを

憎んでいません。

アメリカ人のことも、

憎んでいません。

 

日本に、

端島に、怒りを抱いている人達の、

本当の憎しみは、

どこに向いているのでしょう。

 

今、

軍艦島をめぐってふつふつと湧き出る怒りは、

今これからの、

両国の平和のための原動力にはならないのでしょうか。

 

その怒りをツイートする携帯の画面の向こう側に、

困ってる人はいないでしょうか。

文字をうつその手で、

肩を撫でることで癒される人はいないでしょうか。

 

携帯を置いて、

両手をあけると、

たくさんの人に寄り添うことができると思います。

 

憎しみの連鎖が、

1日も早く、

明日の平和への力になるよう、

長崎からお祈りしています。
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8月9日 72回目の原爆の日によせて。