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端島との別れ

軍艦島デジタルミュージアムブログ

皆さん、だんだん暖かく

春らしくなってきてはいますが

まだまだ寒い日もありますので

体調には、気をつけましょうね!!


先日お客様から

端島を出た理由は?と聞かれ、

ふと当時の様子を思いだしましたので

その時のお話をしたいと思います。



昭和39年に、坑内で事故があり

島内にサイレンが鳴り響き

今回は、大きな事故だなぁと

子供なりに感じてました。



親父はその日は

偶々仕事が休みで家におり

慌てて詰所に走って行ったのを

良く覚えております



しかし、帰ってきた親父の様子が

少し、おかしかったのも

何故か良く覚えていました。

 

それから数日後、親父から

会社を止めて島から出ることを

告げられました。

 

しかし、私は猛反対しました。

とにかく、次の仕事が見つかるまで

端島に住むことを懇願しました。

でも、端島からはどんどん

人がいなくなって行きました

毎日友達を、見送る日々が

続きました

DSC_0122

(引用:端島閉山記念特集)


炭坑のほうも、黒い石炭は

1tも出なくなっていました

出てくるのはボタ(硬)

ばかりでした。

DSC_0123

(引用:端島閉山記念特集)


親父も、痺れを切らし

昭和41年11月に

端島を去ることを決め、

私の軍艦島生活にピリオドが打たれました

寂しく悲しい思いもしましたが、

素晴らしい友人に見送られた想いでのお話は

ミュージアムでお聞きください。

お待ちしております。

ナビゲーター木下でした。