STAFF BLOGブログ

長崎出身の通詞

軍艦島デジタルミュージアムブログ

みなさん、こんにちは

軍艦島デジタルミュージアムスタッフ 佐藤です

 

4月に新入学・新社会人として

スタートを切った方々は、

新しい環境に少し慣れたでしょうか

まだまだ、慣れないことの連続だとは思いますが

体調管理には気を付けてくださいね

 

さて!

前回までのブログでは、

長崎に来て活躍した人を紹介しましたが、

今回は長崎生まれの

長崎で活躍した人物を紹介します

その名は、吉雄耕牛(よしお こうぎゅう)です。

残念ながら写真はありませんが、

長崎でオランダ語通詞として活躍した人物です。

通詞」とは、言葉の通り「通訳者」のことです。

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1724年(享保9年)

吉雄耕牛は長崎で生まれ、

幼い頃からオランダ語を学んでいました。

 

1737年(元文2年)

14歳の時に稽古通詞になり

そこから徐々に力をつけ、

1748年(寛延元年)には

25歳の若さで、大通詞として活躍します。

猛勉強をしたからこそ

大通詞という地位を獲得出来たんでしょうね

 

通詞の仕事をしながら、

商館村の医師や、オランダ語訳の外科書から

外科医術を学んだそうです。

 スクリーンショット 2016-05-11 8.06.31

 

彼は、通詞・医術以外にも沢山の学問を学び、

特に「蘭学」に関しては

大勢の門人が吉雄の元へ

多くの事を学びに来るぐらい

知識が豊富だったと言われています。

 

蘭学」とは

江戸時代にオランダを通じて日本に入ってきた

ヨーロッパの学術や文化・技術の総称です。

 

彼も本職とは別に、

違う分野にも興味を示し、学ぶ

勤勉な人物なんですね

 

ちなみに吉雄は、

みなさんが学校で習った解体新書で有名な、

杉田玄白とも深い交流を持っていたそうですよ

スクリーンショット 2016-05-11 8.07.03

今回のブログは、少しマニアックでしたが

いかがでしたか

日本にとって大きな影響を与えた人物ではありませんが、

長崎で活躍したことは間違いではありません

 

今後も、彼のような人物を発見したら

また紹介していきます

 

お楽しみに〜