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明治日本の産業革命遺産 〜長崎編part3〜

軍艦島デジタルミュージアムブログ

みなさんこんにちは

軍艦島デジタルミュージアムMMです

 

みなさんはゴールデンウィーク、どのように過ごされましたか?

我がデジタルミュージアムや、軍艦島コンシェルジュ上陸ツアーには、

全国各地、世界各国から多くの方々にいらしていただきました

館内を熱心にご覧になられているお客様を見て、

端島に関心をお持ちの方が多いことをあらためて実感したMM

 

ということで今回は、みなさんご存知

「端島」通称「軍艦島」

についてお話ししたいと思います

 

とはいうものの、当館ブログでは何度も登場している「端島」

ですが復習の意味も込めまして、再度簡単にご紹介を

 

まずは、

「端島」はなぜ「軍艦島」と呼ばれるようになったのか???

それは、

長崎の三菱造船所で建造された戦艦「土佐」に、端島の形が似ている

というところに由来します。IMG_2634

                      (写真上:端島 / 写真下:軍艦土佐 )

今では「軍艦島」という名前の方が良く知られるようになってしまいましたが、

島民の方々は「軍艦島」という呼び方はしなかったそうですよ

 

「端島」(長崎市高嶋町端島)は、

長崎港からおよそ18.5Kmのところに浮かぶ小さな島。

IMG_0160

東西に160m、南北に480m、

周囲1.2Km、面積は6.3Ha(東京ドーム約1.3倍)、

6度の埋め立てを繰り返し造られた人工島です。

IMG_2636

小さな岩礁の無人島だった端島で、

1810年(文化7年)に島で石炭が発見されます。

世界遺産にもなった「グラバー邸」や国宝「大浦天主堂」の建設にも尽力した

小山秀之進らが炭鉱の開発を試みるも失敗。

その後、1890年(明治23年)

三菱社二代目社長岩崎弥之助が端島砿を買取し開発を開始するところから、

この端島の本格的な歩みが始まります

image1小山秀之進Iwasaki_Yanosuke岩崎弥之助

 

そしてその後の三菱社の取り組みや、そこに働く人々のたゆまぬ努力により、

ついに

端島は、日本の最先端技術が集まる

日本一(日本初)世界一(世界初)

の記録を多数持つほどの、未来都市へと発展していくのです

 

例えば・・・

・日本一

 👉「高層アパート30号棟」:日本初の鉄筋コンクリート造アパート。なんと今年で

 👉「定期船夕顔丸の運行年数」:定期船としての通算運行年数75年は、日本での最長記録

⑥IMG_5010 

・世界一

 👉「人口密度の高さ」:1960年の人口5,267人。人口密度139,338人/1Kmは世界一

 👉「海底水道管の長さ」:1957年に完成した海底水道。全長6,500mは世界最長

   IMG_2640  IMG_2639

 

などなど、

この他にも、たくさんの日本一や世界一の記録を持つ「端島(軍艦島)」

 

日本の高度成長期を支え栄華を極めましたが、

石炭から石油へ、主要エネルギーの転換という時代の流れの中、

1974年(昭和49年)1月15日、端島の歴史を閉じることとなります

 

そして、閉山後41年が経った2015年7月

端島は、日本の近代化に大きく寄与した資産の一つとして、

世界文化遺産に登録されたのです

 

世界遺産となったものの、閉山後手付かず状態だった端島は、

その護岸や建物の劣化が進んでいるのが現状です

端島を今後どう保存していくか、

以前のブログでもお伝えしたように、

整備・保存の為の30年計画の概要が先日発表されました。←クリック

IMG_2630 (1)

                                (5月8日 長崎新聞より)

そして実は先日、

高島炭鉱整備活用委員会の岡田委員長をはじめ

その保存計画にも携わっていらっしゃる先生方が、

我がデジタルミュージアムにも足を運んでくださったのです

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UAV(無人飛行機)で撮影したデータをもとに、端島の今を3Dモデル化した「軍艦島3D散歩」では、

ご自身でお持ちのお写真やデータと照らし合せながら現状と今後についてお話をされたり、

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端島に住む人々の表情にフォーカスした「軍艦島の表情」では、

今は知ることのできない、当時の暮らしや島民の方々の想いに

足を止めてじっくりとご覧になっていらっしゃいました。

 

また、端島保存の為にどのような資料や技術が活用できるのか、

そしてどういったことに取り組んでいくべきなのか、など、

色々なお話をしてくださいました。

 

世界遺産となった「端島」

その島や建物をどう残していくかが今後の課題となっています

 

ですがそれだけではなく、

その島に住み、石炭を掘ることでかつての日本を支えた人々の、

その日々の「生活」や「想い」、そしてその「歴史」を伝えていくことも、

私たちに課せられた大きな課題、そして重要な使命ではないかと思うのです

 

ちょっと熱くなってしまいましたが

これからも軍艦島デジタルミュージアムでは、より多くの方々に、

色々な角度から端島をご紹介していきたいと思っています

少しでも、端島に目を向けていただけたら幸いです

 

 

それではまた

ミュージアムスタッフMMでした