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端島から人が消えた日パート2

軍艦島デジタルミュージアムブログ

すっきりしない天気が続いていますね・・

早く通常の五月晴れが見たいと思っている

ナビゲーター木下です。

 

前回、端島が無人島になった頃の事を書きましたが、

今回は、昭和49年1月15日に閉山式を行った後、

何故、たった約三ヶ月程度で端島の人々が

この島を離れることができたのかを

元端島労働組合の書記長多田様のお話を交えて

お送りしたいと思います。

 

端島炭鉱は、昭和48年頃から

閉山への準備が着々と進められていたそうです。

日本全体が石炭から石油へと転換していく中で

全国で閉山反対運動が繰り広げられていました。

 

そんな中、多田さん達、組合執行部は

端島も閉山は近い、閉山を阻止することも難しい今、

自分達に出来る事は何か。」

そこで行ったのが、意向調査表を作る事でした。

 

それは、当時 約800世帯程 住んでいたアパートの人たちに

端島を出たらどこに住みたいか、

どんな仕事につきたいのかを調べ上げたそうです。

IMG_2405 

そして、一年がかりで仕上げた調査表は

会社や政府との交渉で、物凄い威力を発揮したそうです。

 

しかも当時は、パソコンなんてありません。

ひとつ、ひとつ、手書きで書かれた事を

多田さんからお聞きした時

この素晴らしい偉業に感動し、

この組合執行部の事を、後世に語り継いでいこうと思いました。

 

端島が短期間で無人島になったお話は如何でしたか?

もっと詳しく聞かれたい方は、ミュージアムにお越しください。

お待ちしています。