STAFF BLOGブログ

端島と時津町

軍艦島デジタルミュージアムブログ

皆さん、新しい年を迎えて

如何お過ごしでしょうか?

いいお正月を迎えられましたか?

三が日は、休みなしで仕事をしていた

ナビゲータ木下です。

 

 

 

 


いつもは、軍艦島の事をブログに載せていますが

軍艦島を離れてから移り住んだ

第二の故郷と言ってよい

五十年以上住んでる西彼杵郡時津町のことを

紹介したいと思います。

 

 

 

 

時津町は県の南部に位置し

町のキャチコピーは

「生活都市とぎつ~誰もが住みたく

なる町へ~」です

総人口は29、933人で江戸時代は大村藩領で

「時津街道」は大名や幕府の役人にも利用され、

そのため時津は港町・宿場町として発展しました。

 

その名残として

「お茶屋」と呼ばれる

宿泊するための屋敷が残っています。

 

 

それに、「時津民話」で

鯖くさらかし岩と言われた

大きな岩が2段重ねで立っているのです。

 

それは、川平有料道路の

入口付近にあるのですが

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その民話とは、

むかしむかし、

魚屋が籠いっぱいのサバを抱えて

時津の港に急いで行こうとしていた時

大きな岩を見つけ

「この岩が落ちてきたら

大変だあと思い、

落ちゃけてから(落ちてから)

行こたい(行こう)」と決め、

その場で待つことにしたのですが

1時間・2時間待っても

岩は落ちてきません。

 

そのうち

変な臭いがしてきて

何と持ってきた鯖が全部

腐ってしまったというお話・・・

のんびりしてますよね~

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そんな時津も

今では大型商業施設が立ち並び

一大商業都市へと変貌を遂げ

もう時津に行けば何でも揃うと言われているほど

発展してきています。


しかし、その反面

土日の夕方になると道路が毎週のように

大渋滞を引き起こしていて

近隣の住民は少し遠くても歩いていく方が

早いと思っているそうです。

 

また、昭和46年11月、

端島の島民が大波止からバス10台を連ねて

約700人が時津まで来て

みかん狩りを楽しんだそうです!

 

島では見たこともなかったであろう、

木になっているミカンを堪能したそうです。

さぞかし美味しかったことでしょうね!

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この時には、

私は時津にいたので

島民が来ていることを

知っていれば同級生と

対面していたかもしれないですね。

 

それでは、次回のブログで

お会いしましょう。

ナビゲーター木下でした。